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| ■歴史街道を行く |
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| −富士山吉田口登山道をのんびりと− |
1964年の富士山有料道路(富士スバルライン)開通以降、廃れていた吉田口登山道がここ数年元気を取り戻しています。遊歩道も整備され、自然や史跡を散策しながらのんびりと山頂を目指す、スローライフに沿った富士山の楽しみ方が人気を集めています。うっそうと茂る森の中に延びる山道。静寂の中、鳥のさえずりをBGMにゆっくりと流れる時間−。車を使わない、昔ながらの富士登山は魅力満載です。(文中の下線部をクリックすると写真を表示します)
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| 北口本宮冨士浅間神社(写真手前の森)から吉田口登山道が富士山へ延びる(山日YBSヘリ「ニュースカイ」(NEWSKY)から |
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1.富士吉田駅−北口本宮冨士浅間神社 [標高差約41メートル/距離約1.9キロ/所要時間約25分]
吉田口登山道は、北口本宮冨士浅間神社が起点ですが、今回は玄関口である富士急行線「富士吉田駅」から出発します。改札口を左に出て駅前ロータリーを下り、国道137号(御坂みち)を右折すると間もなく国道139号(富士みち)との交差点にさしかかります。交差点の南には富士山北口一ノ鳥居といわれる金鳥居が建ち、天気がよいと鳥居越しに目指す富士山が見られます。
交差点を右折し富士みちを南下します。沿道には昨年6月にオープンした「富士吉田市世界遺産インフォメーションセンター」や御師の家「旧外川家住宅」、吉田のうどん屋では最も歴史のある「はなや」があります。
国道138号(旧鎌倉往還)上宿交差点を左折し、しばらく進むと北口本宮冨士浅間神社に着きます。 |
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2.北口本宮冨士浅間神社−中の茶屋 [標高差約250メートル/距離約3.8キロ/所要時間約1時間30分]
国道沿いに建つ鳥居から続く杉並木の奥に建つ北口本宮冨士浅間神社。富士山吉田口登山道の起点となる諏訪森に鎮座し、富士山信仰と密接な関係を持ちます。社記によれば日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の際に富士山を拝した大塚丘に浅間明神が勧請されたのが始まりとされます。
拝殿西側には富士北口登山本道の登山門があり、ここで毎年開山前夜祭の「お道開き」が行われ、登山の安全を祈願します。鳥居をくぐり右手に伸びる舗装道に出ます。150メートル程進むと左側に「大塚丘」、その先には富士山の登山道で唯一の「富士山遭難者慰霊碑」があります。さらに直進すれば吉田口登山道本道(県道701号)に合流しますが、ここで右折し50メートル程進むと、本道と並行して馬返しまで延びる未舗装の吉田口遊歩道の起点があります。
吉田口遊歩道はかつて登山バスが走った路線跡で、富士吉田市が2003年から整備を始め、2006年春に完成しました。遊歩道はアカマツ林の中を富士山に向け延び、地表は赤茶色をした松の葉に覆われ、頭上からやわらかな木漏れ日が差します。時折野鳥のさえずりが聞こえ、足下を見ると小動物に出会うこともあります。
途中、東富士五湖道路の下をくぐり、県道716号を横切りながら案内板に従って進めばやがて中の茶屋に着きます。 |
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3.中の茶屋−馬返し [標高差約350メートル/距離約3.8キロ/所要時間約1時間30分]
中の茶屋は吉田口登山道の一番茶屋で、江戸時代中期の宝永3年(1706年)に創業、300年以上の歴史を誇り、富士講の歴史をたどる上でも重要な施設となっています。周囲には石垣および富士参拝の記念碑が多く建っています。
ここから馬返しまでも登山道と遊歩道はほぼ並行に走り、ところどころ双方を行き来できる小径があります。途中、かつてのバス道路の名残であるバス停や大石茶屋跡、国の天然記念物に指定されている「ツツジ原のレンゲツツジ及びフジザクラ群落」があります。ここから少しずつ勾配が急になり、登り切ると馬返しに到着します。なお、6月から10月までの間は、中の茶屋と馬返しに仮設トイレが設置されます。 |
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4.馬返し−佐藤小屋 [標高差約850メートル/距離約3.5キロ/所要時間約2時間10分]
馬返しは金鳥居―頂上間のほぼ中間にあり、標高1450メートル。昔この先は聖域とされ、乗っていた馬を返し1合目から順次9合目を経て頂上に達しました。また山小屋や石碑、石標などがあり、登山期間中は非常ににぎわいました。富士山有料道路開通後は荒廃していましたが、現在は整備され、ここまで車で来ることもできます。
この先5合目までの登山道には、「歴史の道整備活用推進事業」として、登山道に残る歴史的遺産についての説明版と合目ごとの標識や道標が設置されています。
車止めの柵を越えて進むと、山小屋「大文司屋(明大山荘)」があり、夏山シーズン中の土日祝日(7月中旬〜8月下旬)とマイカー規制期間中の午前9時から午後4時まで富士吉田市などが休憩所「お休み処(どころ)」を開設。市民ボランティアが給水や麦茶のサービス、登山パンフレットの配布などを行います。
小さな石碑が立ち並ぶ道の先には両脇に神猿像が建つ石鳥居があり、そこををくぐると富士山禊所跡を示す石柱が建っています。ここではかつて富士講信者が登山時にお祓いを受け、身を清めてから山頂を目指したとされる場所です。
この先からはいよいよこう配も急になり、本格的な登山が始まります。登山道は整備が進み、石畳や木を組んだ階段、浸透升などが所々見られます。歩みを進めると幅も徐々に狭くなるにつれ、森は一層深まり、左右から伸びて頭上を覆う木々の枝は緑のアーチをつくって登山客を招きます。
馬返しから約500メートル登ったところに、1合目の鈴原天照大神社があります。創建は1530(享禄3)年より古いといわれていますが、現在の神社は明治期以降に建てられたと見られています。
2合目には富士山中に最初に勧請したといわれる御室浅間神社(拝殿)があります。かつて富士修験の信仰拠点となった場所です。現在は河口湖畔の富士河口湖町勝山に本宮本殿が移築され、拝殿の後ろに小さなほこらが再建されています。
雪解け水が流れる沢に架かる御室浅間橋を渡るとやがて細尾野林道との合流点に出ます。林道脇には女人天上(富士山遙拝所)の説明板が立ち、江戸時代まで女性の登山は2合目の御室浅間神社までに限られていたのを、女人信者を内密に遙拝所まで登らせ参拝させたといいます。なお女人天上は林道を東南1キロほど行ったところにあります。
細尾野林道から再び登山道に入り10分ほど登ると3合目の三軒茶屋跡に着きます。かつて登拝者は早朝に御師の家を出発すると、ちょうどここで昼食をとることが多かったので“中食堂”ともいわれています。現在は廃屋となっている茶屋が2軒。「富士山土産 はちみつとはまなし」と書かれた看板が転がり、にぎわっていた当時を想像させます。木々の間からは御坂の山並みをのぞくことができ、ここで休憩する人も多く、天気の良い日には木漏れ日に緑の葉がきらきら輝き、雨の日は静けさが増し、神秘的な雰囲気に包まれます。この近くにも6月から10月までの間、仮設トイレが設置されます。
徐々に周囲の木々の樹高が低くなり始め、標高が上がっていることを実感させます。4合目を過ぎると、石畳のつづら折りの道が続きます。しばらくすると、高さ7メートルはある御座石と呼ばれる巨岩が登山者を迎えます。「日本橋」の講中名が彫り込まれ、かつて富士講が盛んだった様子がうかがえます。そばにある井上小屋(御座石小屋)の壁には「五合目焼印所」の文字。実際は4合5勺に当たり、ここまで来ると5合目まではあとわずかです。
登山道はこぶし大の溶岩石が浮き、少し歩きにくくなります。いくつかの建物跡を見ながら進むとやがて滝沢林道との合流点に出ます。ようやく視界も開けふもとの景色も目に入ります。舗装された林道のヘアピンカーブを曲がり100メートルほど行き、赤い鳥居の脇の登山道を登ります。間もなく再び滝沢林道に出るので、ゲート手前の石階段を登り切ると5合目の佐藤小屋に着きます。 |
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5.佐藤小屋−6合目河口湖口合流点 [標高差約90メートル/距離約1キロ/所要時間約30分]
佐藤小屋の前を西へ、駐車場を抜けると6合目へ向かう石階段があるのでV字に曲がりそこを登ります。ちなみにまっすぐ行くと河口湖口5合目ロータリーに出られます。登りはじめると間もなく6合目の山小屋里見平★星観荘へ。そこから5分ほどで日蓮上人百日修行の地・経ケ岳に着きます。経ケ岳は1269(文永6)年に経を埋納した地とも伝えられています。現在は、日蓮上人像、六角堂の常唱殿、修行に使った岩穴姥ケ懐の入口を示す道標などが建ちます。
再び木々に囲まれた所々石が目立つ道を足元を注意しながら登り切ると、6合目から山頂方面の風景が目に飛び込んで来ます。振り向くと眼下に河口湖や山中湖が広がり、歩いてきた距離の長さを実感できます。
6合目・河口湖口登山道と合流すると、右手には富士山安全指導センターが、見上げると日本一の頂への道が続きます。
自然に満ちた「歴史街道」の吉田口登山道をマイペースで歩く登山は、富士山有料道路(富士スバルライン)で5合目まで車を走らせ、山頂を目指す富士登山とはひと味違う、新鮮な達成感を与えてくれます。 |
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