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| 第5回 県内各地の盆行事 影山 正美(山梨郷土研究会『甲斐路』編集委員長) |
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| 韮崎市穂坂町の長久保で行われる火祭り行事。集落を見下ろす山頂で火が燃やされる |
県内の火祭り行事を概観してみると、1月の小正月と夏の盆前後に集中しているのがわかる。1年を二分する形で大規模な火祭りが執行される点は民俗学的にも非常に興味ある問題であるが、こうした傾向は山梨県に限ったことでなく、全国に共通する。
さて、夏の風物詩として知られる火祭りといえば、富士吉田市と南巨摩郡南部町のそれであろう。富士川の中でも同郡鰍沢町南半より下流域に盛んな投げ松明(たいまつ)は、県内では特徴ある盆行事のひとつである。とくに行事の原初的な形態、つまり仏教渡来以前の祖霊信仰の姿をとどめている点で注目されよう。昔は山頂や墓から家まで108本の松明をたて、順に点火して祖霊を迎え入れたり送ったりしたともいう土地もある(『下部町誌』)。
一方、吉田の火祭りは山岳信仰的な色合いが濃く、これまた特徴的な行事となっている。この浅間神社から勧請したと伝えられるのが、東山梨郡勝沼町上岩崎の浅間神社である。8月22日に、同様の火祭りが行われている。江戸期に疫病の大流行をきっかけに勧請し、かつては、径4尺×高さ1丈2尺の大松明を10本以上燃やしたという(『勝沼町誌』)。勧請の経緯から推すと、修験などの民間宗教家の介在が予想されよう。
吉田のように山中で執り行われる火祭り行事は、そのほかにも点々とみられる。
かつて東山梨郡春日居町鎮目の菩提山では、「人」や「 」の形に火を燃やしたという(大森義憲『甲州年中行事』)。勝沼町大善寺の大文字焼きは以前は盆の行事であった。しかし全体として甲府盆地では、こうした行事は早くに姿を消したようである。ところが、北巨摩郡を流れる塩川の流域には、いまだに継続する火祭り行事がある。韮崎市穂坂町の長久保では、7月24日に愛宕社の祭りがあり、集落を見下ろす山頂で火を燃やす。かつては、麦藁(わら)を円錐(すい)状に高く積み上げて燃やし、その周囲で盆踊りをしたという。また、北巨摩郡須玉町若神子では、7月30日に三輪神社で禊(みそぎ)祭りがあり、藁(わら)人形を作って燃やす。これは神社の境内でおこなわれ、しかも盆行事ではないが、塩川の上流域では盆行事の一環として山頂で火祭りをしたというところが多い。
最新刊の『須玉町史民俗編』では、7例ほどを取り上げている(1例を除いて行事は廃絶)。そのなかから日向と黒森の事例を紹介しておこう。日向では、かつて8月13・14・15日の3日間、迎え火・中火・送り火と称して小屋を燃やした。子どもたちが石尊社の境内に大きな円錐(すい)形の小屋を作った。石尊は小川をはさんで集落とは反対側の山の中腹にあり、小屋の材料は麦藁や松根であった。子どもたちは火を眺めながら「ドンドンビー、マンドビー」とか「鍛冶屋の婆さん、焼け死んだ」などと大声で囃(はや)し立てた。黒森では、かつては若者たちが集落の北方の山に上って、干支(えと)の文字(カタカナ)に松明を燃やし、燃え具合によって作況を占ったという。その山の名をマンドビ山と呼ぶ。マンドビは万灯火の意と思われ、この時期になると集落を見下ろす山は無数の火によって彩られたことがあったのかもしれない。 |
| 2002年8月24日掲載 |
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