御師文化伝える貴重な建物

御師文化伝える貴重な建物

 山梨県富士吉田市上吉田の御師町にある、かつての御師宿坊「浅間坊」。国道139号(富士みち)に面して建つ「表門」は、2軒の御師宿坊にしか現存していない貴重な建造物という。市は2015年に表門を有形文化財(建造物)に指定。

 浅間坊は、世界文化遺産富士山の構成資産・御師宿坊「旧外川家住宅」の、富士みちを挟んで反対側にある。市教委によると、表通りから奥に続く細道「タツミチ」がある「本御師」に対し、通りに面した浅間坊は「町御師」と呼ばれている。浅間坊は、代々続いた御師の家で、1570年の記録に名前が確認できる。御師町が上吉田地区の現在地に移った1572年以降、遅くとも1592年には現在地にあったという。

 浅間坊の母屋と通りに面した2階建ての建物は昭和30年代に大改修され、母屋は平成に入って取り壊された。ただ表門は、補強工事がされた以外、ほぼ原形をとどめている。

 表通りの町御師は荘厳な表門を構えたのが特徴で、御師としての格式を示す意味があった。だが、今や表門を残す御師宿坊は、浅間坊と「中雁丸」だけで、御師文化を今に伝える貴重な建築物という。

 市教委によると、表門は切妻屋根がかかった木造一間一戸の薬医門で、高さ約5メートル、幅約4メートル、本柱の間は約2.7メートル。

 浅間坊は御師宿坊と旅館として経営していたが、平成に入って廃業した。所有者が浅間坊を市に寄贈し、市が2015年5月から表門を改修。老朽化していたため解体し、使える木材を生かして組み直した。屋根は銅板に張り替えた。

 改修では柱に棟札と呼ばれる木片が見つかった。裏面に寛政8(1796)年から翌年にかけて表門が完成したことを示す表現が読み取れ、不明だった建築年代が特定でき、現存する御師住宅の表門では最古とみられることが判明。また表門内側には、富士講の一つで東京都や千葉県などを拠点に活動していた「丸不二講」の紋章の彫り込みを確認した。

 なお、浅間坊の神殿は上吉田地区に残る神殿としては最古のものという。

 浅間坊は、吉田の火祭りの際には、みこしの担ぎ手を酒などでもてなす、にぎわいの場でもあったという。

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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