富士と力士

富士と力士
 富士は日本一を表すとして、力士のしこ名に用いられるケースが多く、歴代の横綱の中では東富士、北の富士、千代の富士、旭富士、日馬富士と5人が使っている。

 しかし「富士」を頭に使うケースは、山梨県出身力士の「専売特許」のようなもの。昭和以降、郷土力士で最初に入幕した富士ケ嶽(のち若港)に端を発する。富士ケ根部屋所属、富士山直下の鳴沢村出身、引退後も富士ケ根親方を名乗り、まさに富士づくし。昭和初期に幕内16場所を務め、最高位は前頭3枚目。当時としては190センチの長身で、つりを得意とした。

 「富士」のしこ名を全国にとどろかせたのが、幕内優勝をした押し相撲の富士錦(甲府市出身)。横綱東富士にスカウトされての入門だった。小結まで昇進した富士錦を慕って山梨から入門する力士が続き、ほとんどが「富士」を用いた(富士晃、富士昇など)。この中で大成したのが富士桜(甲府市出身)。突き押し一筋の相撲ぶりは「突貫小僧」の異名をとり、郷土力士としては最高の関脇まで昇進した。

 直近では2007年に引退した緑富士(中央市出身)がいる。谷村工高から専大に進み、阿武松部屋に入門した。最高位は幕下筆頭まで上り詰め、三段目では横綱白鵬に勝つなど活躍した。

 「富士」のしこ名はその後、山梨にとどまらず全国区に。九重部屋のように部屋の伝統として受け継がれたり、抜きん出た強さや気高さを願って付けたりする傾向があるようだ。2017年1月場所では、しこ名に「富士」がある幕内力士は、横綱日馬富士(モンゴル)を筆頭に、大関照ノ富士(モンゴル)、宝富士(青森)、北勝富士(埼玉)の4人。

 なお、富士山を共有≠キる静岡県では戦後、和錦(かつにしき)、潮丸、片山、磋牙司が入幕している。

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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