富士山が紙幣の図柄に

富士山が紙幣の図柄に

 富士山が紙幣の図柄に取り上げられたのは、1938(昭和13)年発行の五拾銭政府紙幣、日本銀行券では1951(同26)年と1969(同44)年発行の旧五百円札、1984(同59)年発行の旧五千円札、2004(平成16)年の新千円札の計5種類。うち4種類が山梨県側の富士山だ。

 旧五百円札は図柄は違うが、2種類とも大月市の雁ケ腹摺山(1874メートル:山梨百名山)からの富士。9合目あたりまで雪をいただいた端正な富士で、原画となった写真を撮影したのは埼玉県の国鉄職員(当時)。大月市と富士山は直線距離で30数キロと、決して近い距離ではなく、大月市民ですらあまりこの絶景ポイントを知らなかったという。それだけに、五百円札発行で“穴場”だった雁ケ腹摺山は一躍“メジャー”に踊り出た。

 旧五千円札と新千円札の図柄の基になったのは、写真家岡田紅陽(1895〜1972年)が本栖湖畔の中之倉峠(身延町)で撮影した「湖畔の春」。

 忍野村にある「岡田紅陽写真美術館」によると、湖畔の春は、富士山を「富士子」と呼んで敬愛し、その姿を生涯に約38万枚撮影した紅陽が、1935年5月に撮影した作品。本栖湖越しに富士山と湖面に映る逆さ富士を収め、紅陽の代表作とされる。

 写真は同美術館で、縦約2メートル、横約3メートルに引き伸ばして展示されていて、当時の富士の風景を堪能することができる。また中之倉峠の撮影場所は、湖畔の登山道を30分ほど登ったところにあり、「千円札の富士」の絶景を求め、多くの観光客が訪れている。

 なお、五拾銭政府紙幣は静岡・越前岳(愛鷹山)から見た富士がデザインされているという。

 【写真】旧五百円札の図柄に使われた富士山の撮影場所、大月・雁ケ腹摺山からの富士山

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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