地名の由来は?=本栖(もとす)

地名の由来は?=本栖(もとす)
 山梨県富士河口湖町の大字。本栖湖畔にあり古くは甲駿をつなぐ中道往還が村内を貫通し、今は国道139号となって富士吉田市と富士宮市とを結ぶ。また国道300号が開通し、本栖から身延町への交通が便利になった。

 観光地として知られるが、本栖湖は富士五湖中最も俗化せず、自然の幽すいさを失わない。

 静岡県境に近く、かつては九一色郷の1村で、武田時代には関所が置かれ、渡辺囚獄佐(ひとやのすけ)を任命して駿河国境を警備させた。本栖湖の北にある城山(じょうやま)は彼が造った高塁で烽火(のろし)台跡ともいわれる。

 古く本栖観音と呼ばれる観音堂があり、武田氏、河内の穴山氏、郡内の小山田氏等の崇敬が高かったが、武田氏滅亡後は観音像は身延町瀬戸の方外院(旧名は法外庵)に移っている。

 「本栖」の地名は武田信玄の書簡に明示されている。書簡には「本栖在城云々」との記述があり、書簡が出た天文年間(1532−54年)には本栖という地名があったことが推察できる。

 古くは「本巣」と記す時代もあった。「栖」と「巣」は鳥獣などのすみかという同じ意味で、村誌では鳥獣を人間に置き換え、生活拠点があったと位置付けている。

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
当ウェブサイト上の掲載情報、写真等の無断複写・転載を禁止します。