1964(昭和39)年11月4日付

1964(昭和39)年11月4日付
『富士山はくずれている! 雲切不動岩 10年前の姿なし』

 富士山はくずれている。富士講の人たちにとって霊場の1つになっている静岡と山梨の県境剣ケ峰大沢の6合目左岸にある雲切不動岩が、この10年の間にくずれ落ちてしまった。日本山岳会員で富士山の気象、自然について多くの本を書いている山本三郎さん=船津測候所勤務=がこれを見つけたが、富士山の崩壊の速度があまりにも早いことに関係者はびっくり。富士山の開発ばかりでなく学問的にも貴重な資料になりそうだ。

 山本さんは富士山頂測候所に10年勤務し、昭和37年に船津測候所に転勤になったが、富士山のことについては気象だけでなく、すべてに精通しているベテラン。その山本さんが10月11日雲切不動岩に登ったところ、高さ10メートル、幅13メートルもある大きい方の岩がすっかりくずれて消えてしまっていた。10年前の昭和29年7月1日のお山開きのときに撮影した写真が記録として残してあったので、あまりに激しいくずれ方に驚いた。

 この雲切不動岩は江戸時代富士講の人たちがお中道めぐりをするときに剣ケ峰大沢を横切るため標高2700メートルのここから渡ったもので、明治14年には千葉県の講中の人たちがここへ「雲切不動岩」の石碑を立てたりした。しかし明治の中ごろからは、大沢がくずれ過ぎて、ガレ場が350メートルにも広がって渡れなくなり、標高2450メートルぐらいの5合目付近を渡るようになった。また静岡県でも大沢のくずれ方がひどいので大沢対策委員会をつくり、1、2合目には砂防ダムまでつくり対策を講じている。

 このように富士山のなかで剣ケ峰大沢の崩壊は早い速度で落ちているが、しかし雲切不動岩のような大きな岩が10年ばかりの間に消えてしまったことは関係者にも驚きを与えるばかりか、こんごの富士山の開発には大きな影響を与えそうだ。

 山本さんは「富士山のくずれるのは春の雪解け期と秋の台風期がいちばん目立ち、雲切不動岩も昨年の秋に落ちたのだろう」と語っている。風の強い日には剣ケ峰大沢が砂煙りを上げてくずれているので、数十年後には大沢源頭から噴火口に向けて破られて、おはちめぐりもできなくなるだろう。

 またこの剣ケ峰大沢の崩壊によって現在のお中道渡し場もいまは幅150メートルほどのガレ場だが、近い将来は渡れなくなり、3合目付近の三の渡しに移らなければならないと思われるので、富士急行のお中道めぐりの「吊り橋」計画などにも支障が出そう。

 さらに富士山の創成期が、以前は30万年前ぐらいとみられるのが定説になっていたが溶岩の下の炭化木の放射能研究から数千年から2万年ぐらいの間にくつがえされているので、富士山のくずれ方は全般的に急激になっているわけで、森林限界以上の5合目上の開発は慎重さが要求されそうだ。 【当時の紙面から】

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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