1895(明治28)年9月3日付

1895(明治28)年9月3日付
『富士山上の気象観測』

 気象の観測はその観測する区域の広くかつ上層に及ぶほど精確なものとされている。

 わが国では従来信州浅間山が最高測候所であり、その他の高山は1年数回登山して観測するのみだったが、本年は富士山頂において最も正確な気象観測をということになり、そのため中央気象台より技手立笠八五郎、同雇の諏訪貫一の両氏を派遣しもっぱら観測に当たらしている。また同台技手吉田清次郎氏も一昨日新橋発の汽車で同山に向かい、本日上旬には台長和田雄治氏も登山するという。ここに感ずべきことは大日本気象学会会員野中至氏のこと。氏は本年1月積雪を冒して富士山に登り巌冬中といえども住み難からざるを験し私費をもって山頂に測候所を新築中だったが、この工事もこのほど完成した旨、気象台へ報じてきたと。氏は本年は山頂に越年して気象観測に従事する予定とか。中央気象台の諸氏が本月下旬観測を終わって下山する時は、観測に要する諸機械はすべて野中氏に貸与え置くとか。【当時の紙面から意訳】

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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