1964(昭和39)年3月24日付

1964(昭和39)年3月24日付
『愛称は「富士スバルライン」 富士山有料道 16万余通から選ぶ』

 4月1日の開通を前に3月23日、東京都千代田区丸の内の東京会館で富士山有料道路の愛称審査会が開かれた。その結果「富士スバル・ライン」のニックネームが決まった。

 県が全国から公募し応募16万3937通の中から大野知事、川手県参事、林髞慶大教授、桶谷繁雄東京工大教授、高野二三男(画家)、尾内由紀夫建設省道路局長ら12委員が選考して決めた。“スバルライン”と応募した4人を抽選の結果、東京都中野区の荻本茂雄さん(28)が当選した。

 スバルとは牡牛座にある250個の散開星団だが、肉眼で見えるのは7個で夜空に美しく輝いているところからこの星座の名をとったものだ。

 富士山有料道は36年8月、17億円で着工した船津と古御岳をつなぐ29.5キロの登山道で富士河口湖線として県道に編入されており、20年間で起債を債還したあと無料開放される。

 23日建設省の北川高速道課係長らが完工検査をし、完全工事だと認定した。同有料道は5―9月の富士登山シーズンは昼夜利用されその他の期間は夜間通行が禁止される。4月1日は知事がテープを切って開通、5月27日盛大に完工式をする。3合目以上に100台収容の大型駐車場、その他に3―40台の小型駐車場をつくるほか、有料道施設計画もすすみ1合目をビジネス、レクリエーションセンターに、5合目に3階建てモテル建設計画、4合目御庭、奥庭に園地設置計画も進んでいる。中京地区を中心に有料道への関心が高く観光客が殺到すると県は明るい見通しをたてている。【当時の紙面から】

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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