1962(昭和37)年5月1日付

1962(昭和37)年5月1日付
『富士山をきれいにする運動 昔のように霊峰に』

 心ない登山者が捨てたあきカンや紙くずをお山から一掃しようと「富士山をきれいにする運動」と銘打って山梨県、県観光連盟、山梨日日新聞社、山梨放送などが国民運動として全国によびかけることになったが、その実行方法がいよいよ具体化した。

 4月30日午後、甲府市桜町の東電サービスセンターに協力団体代表が集まり「富士山をきれいにする会」の設立総会を開き、富士山美化運動をこれから毎年続けてゆくこと、山岳部、登山団体など全国的に呼びかけることを確認し、6月1日から8月31日までの運動期間中に中学、高校生で富士山清掃隊をつくり、100万個近いといわれるカン類、紙くずなどの一掃を始めることにした。これには本県をはじめ東京、静岡などの各種団体や会社などからも協力の申し出が来ており、隣の静岡では静岡新聞社、静岡放送が中心にこの運動の呼びかけを受け持ち、これを機会に長い間散らかし放題のお山もようやくむかしの“霊峰”の姿をとりもどせるものと、各方面からこの運動の成果が期待されている。

 設立総会には野口県観連会長、百瀬県岳連会長、越石県観光課長、堀内富士吉田市長、小林河口湖町長、鳥居県高校長会副会長ら20余人が出席した。設立経過の説明のあと運動の事務局を県観光課内に、連絡局を富士吉田市役所内に、5合目に実行局(随時)を置き、毎年6月1日から3カ月間「富士山をきれいにしましょう」をスローガンに公徳心を高めることにした。とりあえず富士山を美しくする思想をひろめたり、登山口でセロハンの公徳袋を配り、クズカゴを設置することなどを確認し、またことしの重点実施地区を5合目以上とした。

 運動の中核となる清掃作業については、毎年夏、富士登山する中・高校生の協力を求めて清掃隊を編成し、登山者へのよびかけをかねて5合目以上の清掃にあたる。また学生アルバイトなどによる推進員10余人を常時山に駐在させ登山者の指導にあたらせる。清掃隊の利用する金網製のクズカゴの規模や腕章などの規模はまだ決まっていないが、現在図案募集中のバッジ1万7000個を県下の各地や5合目、頂上などで販売し、また横断幕をかけたり印刷物を配布するなど精神運動をすることも決めた。運動の実施予算、役員については近く協力団体から実行委員を選び実行委員会で審議、選出することになったが、この日の総会でも運動実施に当たって活発な意見が出て、美化運動への熱意をみせ「われわれは、国の関係機関、全国の関係団体、各地の志を同じくする人たちの支持と協力を得て、国民運動として国土美化運動の先頭に立ち、日本のシンボル、世界の山として愛され親しまれている富士山の美化実現にまい進する」と決議した。【当時の紙面から】

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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