1980(昭和55)年8月15日付

1980(昭和55)年8月15日付
『富士山で落石、砂走りの列を直撃 山頂から石の爆弾 久須志岳崩れる』

 14日午後1時50分ごろ、富士山7、8合目の通称「砂走り」付近で大規模な落石事故が発生、登山者12人が死亡、30数人が重軽傷を負った。県警は富士吉田署員と機動隊員合わせて約40人を現場に派遣、また県の要請を受けた陸上自衛隊も、北富士駐とん地からヘリコプター1機を出動させるとともに、御殿場の第1師団120人を急行させ、空と陸から大がかりな救助活動を展開した。

 この日の富士山は夏休みとお盆休みの登山客約2万人でにぎわい、一瞬の惨事に富士登山は一転して恐怖のどん底にたたき込まれた。負傷者は富士吉田市立病院など山ろくの病院に収容され、また、死者は富士吉田市民会館に安置されたが、死傷者はまだ増えるもようである。富士山では昭和47年3月、春一番が吹き荒れ、24人が遭難死したことがあるが、夏山、しかも落石事故で大量の犠牲者を出したのは初めてである。一方、県は事態を重視、早急に登山道の再点検をすることになった。

 落石は、山頂に近い久須志ケ岳から発生した。高さ10メートルの絶壁の中腹は変色して、岩がはげ落ちた跡を示していた。ここから落下した岩は、途中の岩場で直径1メートル大に砕けて飛び散り、さらに付近の岩も伴って大落石となったもので、久須志ケ岳直下の8合目から始まる下山専用の砂走りを直走したものである。

 富士山の落石は、大雨や雪のときはほとんどなく、むしろ乾燥した夏に起きやすい。昨年は、9合目下のびようぶ岳から直径30センチの石数個が落下して、山小屋の人たちが避難したことがあった。山小屋の人たちは「ことしの夏は富士山の岩は乾いている。このため久須志ケ岳から、自然落下して惨事を招いた」と話している。

 登山者の話によると、9合目付近から直径1メートルぐらいの石が次々と落ち、途中で割れたり、別の石を誘って6合目付近まで落ちた。落石は砂走りばかりでなく、近くの登山道にも広がり、砂走りを下る人たちや登山道を登る人たちを直撃した。

 事故当時、付近は霧が深く、7、8合目の山小屋関係者が笛を吹いたり、大声で落石を伝えたが、ほとんどがよける間もなく落石に打たれた。霧の中を雨のように落ちる石は次第に加速し、まるでカミナリのような大きな音を立てて落ちた。直撃を免れた登山者によると、身をかすめて猛スピードで落ちる石に、一瞬腰をぬかす人もいた。アッという間の出来事で、落石はその後もしばらく続いた。

 救対本部が設置した市民病院内の架設電話4台はフル回転で、富士吉田署や他の病院との連絡、5合目の状況調査のためのダイヤルが続いた。午後5時ごろからニュース速報で家族がかけつけた。 【当時の紙面から抜粋】

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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