1964(昭和39)10月22日付

1964(昭和39)10月22日付
『歓迎にごきげん 外国人選手 富士五湖の秋を楽しむ』

 オリンピック東京大会に参加し、すでに競技を終えた選手たちが21日、富士五湖の秋を楽しんだ。あいにくの曇り空で外国人選手の楽しみにしていた富士山は頂上を見せなかったが、山中湖の美しい水や富士山5合目のながめに大よろこび。地元でも天野知事らが山中湖畔まで出迎えたり、選手を乗せたバスの通る沿道では高、中、小学生らが日の丸を振って大歓迎した。選手がこれほどおおぜいで旅行したのは東京五輪でははじめて。

 同日富士五湖へ訪れたのはオリンピック東京大会に選手として出場したカナダ100人、アルゼンチン70人、ドイツ70人など35カ国の約1000人。朝9時東京・代々木の選手村をバス27台に乗って出発、神奈川県厚木、静岡県御殿場を通って籠坂峠を越え、南都留郡中野村旭ケ丘の山中湖畔には午前11時に着いた。

 天野知事や中沢観光課長らが出迎え、県からはブドウや写真集を贈った。旭ケ丘ドライブインなどで昼食をとったあと、選手たちはそれぞれ山中湖に出てモーターボートや馬に乗ったりしたが、山中湖はシーズン・オフでほとんど観光客がいないのに一度に色とりどりの服装をしたこの人たちで大にぎわい。選手たちは全員競技をすませたのでみんな陽気ではしゃぎ回っていたが、射撃で金メダルをとったハンガリーのハンメル選手もいて人気を集めていた。また、オランダの水泳の女王アバコックの姉さんのクレタコックさんは「山中湖は静かなきれいな湖だ、富士山が見えなくて残念だ」と印象を語っていた。

 午後1時、湖畔を出発、富士吉田市に出て河口湖町から富士山有料道を5合目まで登った。この沿道では中野村の山中小、中生、富士吉田市と河口湖の小、中生が日の丸の小旗を手にして歓迎し、選手たちもバスの窓から顔を出し手を振ってこれに応えていた。

 富士山有料道は2合目あたりから霧が濃かったが5合目は雲が切れ、下界のながめはすばらしく、すっかり紅葉したお中道めぐりをしながら雲の上に頭を出す丹沢山系を背景に記念写真をとったりしていた。山頂は雲に隠されていたが、若い人たちは溶岩の山はだを登ってはしゃぎ回っていた。

 この5合目にいる間に陸上の花、マラソンがテレビで放送されて選手たちも売店のテレビに集まったがアベベが1位に決まったのを見てすぐバスで下山した。バスの中からはどの選手も富士を名残り惜しそうに見ていた。一行は県警や富士吉田署のパトカーに守られて無事、大月を回って同夜帰京した。

 なお、同日堀内一雄代議士の招きでケニヤの選手8人も富士吉田市のハイランドや富士山5合目を訪れた。【当時の紙面から】

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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