1963(昭和38)年7月19日付

1963(昭和38)年7月19日付
『資材を宙づり山頂へ ヘリで輸送始める 富士山のレーダー建設』

 気象庁の富士山頂レーダー基地へ建設資材を空輸する作業が18日朝から始まった。世界でいちばん高い場所のレーダーとなるだけに、建築工事としても前例のない難作業。梅雨あけの天候安定を待って第一段階の資材輸送にとりかかったもので、ことしは8月末までに約350トンをヘリコプターでピストン輸送する。

 この日の富士山は、中腹から上は真っ白な夏雲におおわれていたが「これでも富士山のお天気としてはいい方」というパイロットの話。

 山ろくの御殿場滝ケ原特設基地から大型ヘリ1機、小型ヘリ2機がそれぞれ500キロと250キロの材木、鋼材などを機体にぶらさげてつぎつぎに飛び立つ。厚い雲の中をおよそ十分、急に雲が切れて8合目付近の赤茶けた山ハダがあらわれた。ところどころ残雪がちらちらと輝く。ハダをさすような冷たい風が吹きこんでくる。激しい気流でちっぽけなヘリががたがたゆれる。山頂剣ケ峰の測候所屋上で、待ち構えていた作業員に宙づりの荷物を引き渡して引き返す。この間わずか30分で真夏の下界から20度も違う冬のような山頂を往復するためパイロットは数往復でへとへとになるという。

 そのうえ、変わりやすい山のお天気相手でスリルは倍加する。作業計画では飛行可能日数は8月末までにわずか20日間。それも午前中だけに限られる。ことしは基礎資材の輸送だけで終わる。【当時の紙面から】

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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