1953(昭和28)年1月23日付

1953(昭和28)年1月23日付
『県民の総力で阻まん 富士山頂 私有化反対県民会議』

 富士山頂私有化反対県民大会は22日午後1時から県会議事堂で開き、地元の富士吉田市、南都留郡下各町村、県、県議会、各政党、町村会、町村議長会、甲府市、商工会議所、観光連盟、婦人会、労働組合をはじめ各界、各団体代表約1000名が集まった。荒井総務部長の開会の辞、金丸副知事の挨拶の後、座長に小田切県会議長を推選、天野知事から

 日本、いや世界の富士を一神社の私有化とすることは絶対反対である。県民いや国民の総力を結集して私有化を阻止しなければならない。

 との堅い決意を表明、満場から割れるような拍手が起こった。続いて富士山頂私有化反対同盟を結成、会長に天野知事、副会長に小田切県会議長、金丸副知事、秋山町村会長、小尾町村議長会長、山本甲府市長、堀内富士吉田市長、野口観光連盟会長を決定。各代表21名が活発な私有化反対意見を発表。私有化反対決議を満場一致可決、万歳を三唱、午後4時45分散会、直ちに大蔵省をはじめ、政府関係先、国会などに強硬な反対陳情を行なうとともに各団体を通じ全国民に呼びかけるとともに署名運動を展開することとなった。

 【決議】 富士山は日本の象徴であり国立公園に指定され、また文化財として国家的見地から資源の保護、施設の整備が行なわれつつある。さらに日本だけでなく外国人の登山者も増加しており、世界のフジヤマとして国際観光の上にも大きな役割を果している。ところがこれが一神社に譲与され私有地としてほしいままに管理されると国立公園としての意義を失い、また国土保全の公益上にも甚大な支障をきたすことは火を見るより明らかである。全国民のあこがれの的である富士山頂を一神社に帰属させるというのは国民的感情としても到底黙視できない。ここにおいてわれわれは政府に対し静岡県富士宮市の浅間神社からの譲与申請を即時却下し、富士山頂は今まで通り国有地として保存し、国家がこれを管理することを要望しこの目的の達成を期待する。

 なお大会には参議院議員、日本交通公社社長高田寛、内田常雄、古屋貞雄代議士から「富士山頂払下げ反対の初志貫徹のため健闘を祈る」の激励電報も届いた。 【当時の紙面から】

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
当ウェブサイト上の掲載情報、写真等の無断複写・転載を禁止します。