狩野派と富士

狩野派と富士
 室町時代後期、足利義政によって幕府の御用絵師に任命された狩野正信(1434年ころ−1530年ころ)を祖とする狩野派は、400年の歴史を持つ日本絵画史上最大の流派。

 室町・桃山時代の狩野派と、狩野探幽(1602−1674年)から始まる「江戸狩野派」に大別され、前期の狩野派は水墨画や大和絵の技法を取り入れた作品を描いた。徳川幕府の御用絵師となった探幽が江戸に移り住んで築いた「江戸狩野派」は、徳川幕府の意向に沿いながら壮麗で洗練された作品を描き、江戸時代の絵画に大きな影響を与えた。

 「富士山図」(山梨県立博物館蔵)の作者、狩野宗信は「古画備考」によると数人いたとされ、特定することはできない。作品は江戸中期のものとみられ、探幽から続く富士図を踏襲している。ただ、通常は富士山の手前に描かれる山並みなどの景観が画面左側に描かれるのに対し、ここでは中央右寄りに配置した点に新しさが見られる。

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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