文人が作詞、富士山を歌った校歌

文人が作詞、富士山を歌った校歌
 多くの文人たちに愛されてきた富士山。山梨県内には文人が手掛け、今では幻となった、富士山を歌った校歌が残る。

 旧河口中学校(富士河口湖町)の校歌を作詞したのは、同町出身で「少年行」や「ボヴァリー夫人」の翻訳で知られる作家中村星湖。「影を慕いて」「誰か故郷を想わざる」といった名曲を次々と生み出し、昭和を代表する作曲家の古賀政男が作曲を担当した。

 河口中卒業生などによると、校歌は音楽好きだった当時の倉沢茂校長が中村、古賀に依頼して1951年に完成。中村は、河口湖で亡くなった知人をしのんで生徒が詠んだ詩や、河口湖の伝説を基にして歌詞を作り上げたという。

 同校は84年に河口湖北中に統合。旧校歌を惜しむ声が強く、65年の卒業生が中心となって、かつて校舎があった同町河口の河口小に古賀直筆の楽譜などが刻まれた校歌の歌碑が建てられた。



 旧県立谷村高等女学校(都留市)の校歌は「赤い靴」などの童謡を作った詩人野口雨情が作詞した。

 卒業生によると、校歌は31年の開校時、地元住民の強い要望を受けた雨情が快諾。歌詞に校名は登場せず、富士山とふもとの自然が織り込まれ、夢を抱いた女学生が集まる学校をたたえている。

 同校は48年に歴史を閉じたが、その後、学舎跡地の都留市役所前庭に校歌が刻まれた記念碑が建立された。



 くしくも両校歌とも「富士の高嶺〜」と、歌われている。

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
当ウェブサイト上の掲載情報、写真等の無断複写・転載を禁止します。