富士五湖の三湖連絡説

富士五湖の三湖連絡説
 富士五湖のうち西湖、精進湖、本栖湖の三湖は青木ケ原溶岩流下で現在も連続しているとする説。

 富士五湖が増水被害に見舞われた1991(平成3)年秋、特に浸水がひどかった西湖の地元・足和田村(現・富士河口湖町)は同じく増水の続く河口湖への放水見通しが立たないため、精進湖や本栖湖との「三湖連絡説」を頼りに本栖湖からの放水を下流の下部町(現・身延町)に要望した。下部町もこれに同意し、10月14日から日本軽金属の水路を通じて反木川へ毎秒2トンで放水を開始、16日からは3.2トンに放水量を増やした。

 その後、西湖はしばらく増水が続いたものの20日に止まり、23日には減水し始めた。また、精進湖でも水位の上昇が緩やかとなり、24日には減水に転じた。しかし、放水を続けている本栖湖だけは水位の上昇がさらに続いた。このため地元住民の間からは「三湖が地下水脈でつながっている証拠。西湖の水が精進湖へ流れ、さらに本栖湖に入り込んでいるのは確か」との声が上がり、三湖連絡説が再び脚光を浴びた。

 しかし、日本軽金属に放水を要請した山梨県は「本栖湖の道路冠水、施設浸水を回避するのがあくまで主目的」とし、「三湖は連絡せず」の見解に立っていた。その証拠になっているのは1953(昭和28)年に本栖湖水理調査協議会がまとめた「本栖、精進、西の三湖は連絡しない単独湖。一湖の放流はほかの二湖の水位に相当期間をおいて影響を及ぼすことなどから三湖の直接連絡を認めることはできない」という結論だった。

 それでも、答申では「1つの湖の他の湖への影響は富士山周辺の地下水を通じてなされていると認められる」と付け加えており、わずかな流水の可能性については示唆している。県河川課は「細い管による流動はあるかもしれないが、大きなパイプによる連結はない。本栖湖の放水によって即座に二湖に影響があるとは考えられない」としており、施策の上ではあくまでそれぞれ単独湖≠ニして対応している。

 これに対し、三湖連絡説の根拠の背景には三湖がかつて1つだったという「せの湖」の存在があり、三湖の基準水位は約900メートルで一致しているというデータがある。西湖と本栖湖の間で電気探査や井戸調査により地下水位を測ったところ、富士河口湖町と同郡鳴沢村にまたがる富士桜高原の中央を南北に走る線を境に、河口湖方面では地下水位は標高830−840メートル、本栖湖方面では三湖の水位約900メートルでほぼ一定している。

 しかし、三湖連絡説を完全に立証するのは難しく、本栖湖のできた時期が西湖、精進湖と違うという点もあり、はっきりしているのは三湖がほぼ同じ標高ということだけで、連絡説についてはいまだ手探りの状態。この問題は長期にわたる地下流水の解析がカギを握るといわれ、今後の研究成果が待たれる。

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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