万葉歌人も感動詠む

万葉歌人も感動詠む
 「古事記」以来、約1300年の歴史を持つ五七五七七の定型詩において、富士山は感動を持って詠まれてきた。

 よく知られている歌は、柿本人麻呂と同じ三十六歌仙の一人として並び称された万葉歌人山部赤人の「田子の浦ゆうち出でて見ればま白にそ富士の高嶺に雪は降りける」(万葉集巻三・三一八番歌)。富士をたたえる長歌の反歌で、百人一首の富士歌の原歌としておなじみの一首。田子の浦は、現在の静岡県静岡市清水区から富士市にかけての弓状の入り海を指し、富士山を望む景勝地として知られる。

 同じく万葉歌人高橋虫麻呂「富士の山を詠む歌」の長歌(万葉集巻三・三一九番歌)冒頭には、「甲斐」という表記が見える。「なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国の御中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は…」とあり、甲斐・駿河ふたつの国の神聖な中央から富士がそびえたつ様が詠まれている。

 富士山は781年から1707年まで十数回の火山活動が記録されている。平安末から鎌倉時代にかけて活躍した歌僧・西行の歌には「風になびく富士のけぶりの空に消えてゆくへも知らぬわが思ひかな」(新古今和歌集)とあり、煙をたなびかせていた姿が浮かぶ。

山梨日日新聞社 YBS山梨放送
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