身近な場所にミニチュアの“聖地”

身近な場所にミニチュアの“聖地”
 富士山を模した高さ数メートル〜十数メートルの塚を「富士塚」という。

 江戸時代、富士山を信仰し登拝(とうはい)するグループ「富士講」により、関東地方を中心にあちこちに造られた。身近な場所にミニチュアの“聖地”を造ることで、女性や子ども、老人など、富士山に直接登ることができない人でも御利益を得られるようにするのが目的。塚の表面には登山道を造り、溶岩を積み上げ、山開きも行われたという。中には国の重要有形民俗文化財になっているものも。富士塚の出現は、一部の修験者による富士信仰が、庶民に広がっていたことを示している。

 富士塚調査報告書と山梨県遺跡台帳によると、県内の富士塚は既に存在していないものも含め28カ所。実際の富士山が仰げる場所が見立てられている場合が多い。浅間の石祠(せきし)を頂部に祭ってあるのが普通である。山梨市万力山の富士塚がその典型であるが、現存では甲府市上阿原、富士川町舂米(つきよね)の富士塚など規模が大きい。甲州市塩山竹森の浅間塚は直径15〜20メートル、高さ3メートル。階段を10段ほど登れば頂上。頂上の碑には「富士浅間大神」と刻まれている。また、内部からは何も発見されず、たまに表土近くから文銭の出土などある。

 【写真】江戸時代、はるばる富士山から溶岩を運んで築き上げた小野照崎神社の富士塚。「お山開き」に一般に開放され、登拝が許される=東京都台東区下谷
富士山NET−富士塚
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