2019.12.02

富士山世界遺産に尽力

歴代県知事「懸命な姿励み」

 11月29日に死去した中曽根康弘元首相は、「富士山を世界遺産にする国民会議」の会長を務めるなど、富士山の世界文化遺産登録を目指す活動に先頭に立って取り組んだ。訃報に接した山梨県内の関係者からは「中曽根氏の存在があったからこそ登録が実現できた」と感謝の声が相次いだ。

 中曽根氏は2005年に発足した同国民会議(現富士山世界遺産国民会議)の発起人の1人として会長に就任。国民機運の醸成などに取り組んだ国民会議の活動を引っ張った。15年に名誉会長となって以降も、総会や理事会のたびにメッセージを寄せていたという。

 国民会議が立ち上がった当時、山梨県知事だった山本栄彦氏は「富士山への思い入れや愛着が強く、本当に熱心に取り組んでくださった。世界遺産になって多くの人が訪れる富士山を見ると、真っ先に中曽根氏のことが思い浮かんでくる。感謝の気持ちでいっぱいだ」と述べた。

 富士山が世界文化遺産に登録された時に知事だった横内正明氏は「会議を欠席することもなく、熱心な活動ぶりだった」と振り返る。「中曽根氏の一生懸命な姿が関係者の励みになった。政界における存在感も力になり、登録に向けたあらゆることがスムーズに進んだのだと思う」と語った。

 長崎幸太郎知事も「富士山の世界文化遺産登録に際しては多大なるお力添えを賜った」とのコメントを出した。登録時に県世界遺産推進課長だった市川満県教育長は「世界文化遺産登録を目指した活動で心の支えとなる存在だった。登録を実現できたのも、先生の大きな存在があったからではないか」と話した。

(2019年11月30日付 山梨日日新聞掲載)

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