2019.12.05

山岳写真家白簱史朗さん死去

国内外の名峰活写

 国内外の名峰に登り、雄大な山容や植物を活写してきた山岳写真家の白簱史朗(しらはた・しろう)さんが11月30日午後10時30分、肺炎、腎不全のため静岡県伊豆の国市長岡の順天堂大付属静岡病院で死去した。86歳。大月市出身。

 1933年生まれ。18歳の時に写真家・岡田紅陽に師事し、山岳写真の修業に励んだ。62年に山岳写真家として独立を宣言。アフガニスタンをはじめ、インド、パキスタン、カナダ、ヨーロッパなど国内外で撮影を続け、山岳写真を中心に自然風物や風景写真を発表した。75年には山岳写真の会「白い峰」を結成し、山岳写真の普及啓発にも尽くした。県内でも最近まで写真展が開かれていた。

 86年には、来県した大学院生時代の天皇陛下を、県立美術館で開かれていた白簱さんの企画展に案内。八ケ岳や秩父山系など県内での陛下の登山に同行し、高山植物や山岳写真の魅力を伝えた。

 NPO法人日本高山植物保護協会会長、国立公園協会理事などを歴任。77年に「わが南アルプス」「尾瀬」「富士山」で日本写真協会賞を、87年に山梨県文化功労者表彰、山人会特別賞前田晁文化賞を、90年に野口賞を受賞した。著書に、写真集「日本南アルプス」「富士山」(いずれも山梨日日新聞社刊)など多数。

 師匠だった岡田紅陽とたびたび撮影に訪れた富士山への思いも強かった。「同じ富士山を被写体としても違うものでありたい」とオリジナリティーを追求。麓からの富士山を多く撮った岡田に対し、白簱さんは高山からの富士山を撮った。「高峰は別の高峰から望む時、そこで真骨頂を見いだす」というのが持論だった。

(2019年12月3日付 山梨日日新聞掲載)

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