2020.2.06

宮入貝の生態、歴史後世に

地方病の中間宿主、常設で紹介 忍野の水族館がコーナー

宮入貝と地方病の歴史を紹介する展示コーナー=忍野・県立富士湧水の里水族館

宮入貝と地方病の歴史を紹介する展示コーナー=忍野・県立富士湧水の里水族館

 忍野村忍草の県立富士湧水の里水族館は3日、地方病と宮入貝を取り上げた展示を始めた。宮入貝の生体を国内で初めて常設展示しているほか、写真や年表で地方病の発見や流行終息宣言に至るまでの道のりを紹介している。水族館の担当者は「地方病と、病気根絶のために犠牲になった宮入貝の生態を後世に伝えたい」と話している。

 地方病の正式名称は日本住血吸虫病(症)で、宮入貝は病気の原因となる寄生虫「日本住血吸虫」の中間宿主。貝の中で成長した寄生虫は人間の皮膚から体内に入り、肝臓や脳などに障害を起こし、重篤な場合は死に至った。

 宮入貝駆除のため、1925年から本格的な殺貝活動が行われ、水路のコンクリート化事業などにより宮入貝は激減。県は96年に流行終息宣言を出した。宮入貝は国のレッドリストで、ごく近い将来に野生での絶滅の危険性が極めて高い「絶滅危惧1A類」に分類されている。

 地方病に苦しんだ地域の歴史と、その過程で撲滅された宮入貝を後世に伝えようと企画し、館内2階に新たな常設展示を設けた。宮入貝の姿を知ってもらおうと、生体を国内で初めて水槽で常設展示している。

 寄生虫が宮入貝を媒介して人間に寄生するまでの流れや、江戸時代の医学書に掲載された下腹部が膨れ上がった病人の挿絵などを紹介。駆除や薬物による宮入貝の殺貝活動の様子や、78年以降に県内で発症者がいないことなどを伝えている。年表には、武田氏の家臣である小幡豊後守昌盛が地方病になったとされる1582年から現在までの出来事を記載している。

 水族館で飼育係を務める羽生純さん(30)は「若い人を中心に地方病の歴史を知らない人もいる。病気を克服した先人の歴史と、そのプロセスで激減した宮入貝の生態を伝えていきたい」と話している。

(2020年2月4日付 山梨日日新聞掲載)

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