2020.7.22

霊峰へ離れた地から祈り

鳴沢の女性、全国の富士塚撮影

「地元の人に改めて富士山の存在の大きさを知ってほしい」と話す加藤信子さん=富士吉田・御師旧外川家住宅

「地元の人に改めて富士山の存在の大きさを知ってほしい」と話す加藤信子さん=富士吉田・御師旧外川家住宅

 富士山を信仰する富士講の信者が、富士山に模して築いた「富士塚」。江戸時代、関東地方を中心に数多く造られ、今も各地に残る。鳴沢村の加藤信子さん(74)は10年以上にわたって各地の富士塚を撮影し、写真を使ったパネル展が富士吉田市内で開かれている。今年は史上初めて富士山に登れない夏。加藤さんは「全国には富士山への思いが強い人たちがいる。パネルを通じて、地元の人も改めて富士山の価値を知る機会になればいい」と話している。

 富士塚は富士山を信仰する富士講の信者が築いた塚。富士山の形に土を盛って造るが、塚全体を富士山の溶岩で覆ったり、自然の山を富士山になぞらえたりしたケースもある。今でも富士塚の山開きや富士登山を行っている富士講がある。

 加藤さんは1997年、富士山の美しさに魅了され、神奈川県から移住。富士山五合目自然観察員を務めたことをきっかけに富士山信仰や富士講の歴史に興味を持ち、2008年4月、御師旧外川家住宅オープンと同時に案内ボランティアになった。

 活動を通じて、富士講信者とのつながりもでき、県内外で行われる神事に同行することも増えた。当初は神聖な儀式を撮影してもいいのかと悩んだこともあったというが、世界文化遺産に登録された富士山の信仰にまつわる儀式を後世に伝えるため、記録する意味があると考えるようになった。

 「県外にいる信者の家族らは活動や儀式を知らない。写真をプレゼントして喜ばれたことも励みになった」

 御師旧外川家住宅では加藤さんが撮影してきた写真約200枚を使い、富士塚や全国各地に残る富士山信仰にまつわる行事などを紹介するパネル展を開いている。パネル展では、各地の富士塚で行われている山開きの写真を展示。吉田の火祭りを模し、麦わらを積み上げて火を付ける東京都清瀬市の中里富士で行われる行事、富士講の教えを説く「枎桑教」の月三講(埼玉県)が家内安全などを願う神事などを取り上げている。

 船で富士山の溶岩を運び造った富士塚もあるといい、加藤さんは「富士山に参拝できない人たちが苦労して富士塚を造った。信仰心の強さが感じられる」と話す。

 富士講信者が富士登山の前に身を清めたとされている船津胎内(富士河口湖町)の内部の様子も紹介。全国から枎桑教の信者が富士吉田市に参集し、毎年6月に行うお焚き上げの写真も並ぶ。

 加藤さんは「全国に富士山への強い思いを持った富士講信者が大勢いることを知ってほしい」と話している。

(2020年7月20日付 山梨日日新聞掲載)

広告
月別
年別