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芸術、信仰支える「宝」

世界文化遺産登録 推薦書原案のポイント

 富士山の世界文化遺産登録で、山梨、静岡両県が22日決定した推薦書原案。富士山の神秘的な美しさや、時には噴火を起こす火山としての一面に対する畏怖が、「信仰の対象」「芸術の源泉」になってきた点を軸に、富士山の文化的な価値の高さを証明する内容になっている。信仰の対象については、8世紀ごろから現代に至るまで、富士山に対する信仰が連綿と受け継がれている点を強調。芸術の源泉に関しては、国内の絵画や文学だけでなく、西洋の芸術家にも多大な影響を与えたことに触れ、富士山が“世界の宝”であることを訴えている。原案のポイントを紹介し、今後を展望した。

【信仰の対象】 火山に畏怖 荘厳な山容 伝統的な登山 今も続く

荘厳な山容を見せる富士山

荘厳な山容を見せる富士山。世界文化遺産登録に向け、山梨、静岡両県が決めた推薦書原案では、その神秘的な美しさが信仰の対象や芸術の源泉になった、としている=山日YBSヘリ「ニュースカイ」(NEWSKY)から

 推薦書原案では、「富士山」の文化的価値を証明する構成資産を25件挙げている。このうち、三保松原を除く24件はいずれも「信仰の対象」であることを証明するための材料だ。

 推薦書原案は、富士山が「信仰の対象」となった基盤として、火山活動に対する畏怖と、荘厳な山容があると指摘。その上で、江戸時代に富士山信仰の体系が明確になった経緯に触れながら、現代に至るまで、その形式や精神が受け継がれている点を強調している。

 富士山信仰の歴史的な経緯については、火山活動が活発だった8~9世紀に、火山神である浅間大神への畏怖の念から噴火を鎮めるため、「山麓に遙拝の場所が定められ、浅間神社の境内が成立した」と定義。12世紀の噴火が沈静化した後に修験道の修行場となり、「15~16世紀は修験者の導きによる庶民の登拝の場となった」としている。

 登拝は身を清め、死後の世界に見立てた5合目以上に登ることで「擬死再生」する目的だったと解説。さらに江戸時代に入り、教導者である「御師」に導かれた山頂への登拝と、溶岩樹型や湖沼、滝、湧水池などの霊地の巡礼を併せて行う富士山信仰のスタイルが確立した、と説明している。

 こうした過去の経緯に触れる一方で、現代の富士登山にも言及。夏季に外国人を含む多くの登山客が金剛づえを突きながら頂上を目指して登山している点を挙げ、「伝統的な登山の形式が継承されている」としている。

 スポーツ的な要素が強い近代的登山とは一線を画したスタイルが今も残っている点も強調している。山頂から見る日の出を「ご来光」と呼び、夜中の登山の中で富士登山の神聖な本質に接することのできる瞬間として重視されていることも、富士山信仰につながる伝統として補足説明している。

 山麓の湖沼や溶岩樹型などの霊地では、さまざまな富士山信仰に関する宗教的な儀式や活動が現在も行われていることも記載。過去の経緯から現代の状況を説明することで、富士山信仰の文化的な伝統が、時代を超えて現代にも息づいていることを証明しようとしている。

【芸術の源泉】 「展望」が創作活動育む 西洋の芸術家にも影響

 富士山が単に日本国内だけにとどまらず、世界の文化に影響を与えた遺産であることを説明する上で、特に重要になるのが「芸術の源泉」の価値軸だ。このため推薦書原案でも、外国人に与えた影響を前面に押し出すスタイルをとっている。

 推薦書原案では、富士山が絵画や文学などの芸術作品の題材とされてきた背景に言及。古来から神聖視されてきた富士山への登拝などの宗教行為が、富士山の荘厳な円すい形の山容を観賞するための「展望」という行為を生み、創作活動につながった、と説明している。

 山部赤人らが富士山を詠んだ和歌が載る「万葉集」から、太宰治の「富嶽百景」など近代の著作まで、富士山を題材とした多くの文学作品を列記。過去から現在に至るまで芸術活動に大きな影響を与えてきた点も解説している。

 また、江戸時代以降、国内を訪れた外国人の「富士山観」も多数掲載。「これこそは日本の国の最もうるわしい絶景、否、まさしく世界の絶景のひとつだ」(ギリシャ生まれのラフカディオ・ハーン=小泉八雲)や、「日本、神道及びその文化の起源がある」(ドイツの建築家、ブルーノ・タウト)などの具体的な記述も載せ、国内外を問わず、価値が認められた山であることの傍証としている。

 絵画作品に与えた影響については、特に詳しく説明している。葛飾北斎の「冨嶽三十六景」や歌川広重の「不二三十六景」など19世紀前半に富士山を描いた浮世絵が開国に伴い、西洋に輸出され、「構図や表現方法がジャポニスムと呼ぶ日本芸術の流行を生み出す契機をもたらした」と指摘。具体例として、モネやゴッホなどの印象派画家らに大きな影響を与えた点を挙げている。

 さらに、富士山のように古代から現代に至るまでの長期間にわたり、さらにアジア圏から西洋圏にかけて広範囲に影響を与えた山はない、と強調。国外で芸術作品に影響を与えた山々と比べ、「優位性が高い」と主張している。

 こうした状況を踏まえ、国内外に与えた文化的な影響によって、富士山は日本と日本文化の象徴として認識されるようになり、「日本、日本文化=富士山」といった記号化された意味を持つに至った、まれな山と結論づけている。

富士山世界文化遺産の構成資産
(1) 富士山域(山頂の信仰遺跡、大宮・村山口登山道、須山口登山道、須走口登山道、吉田口登山道、北口本宮冨士浅間神社、西湖、精進湖、本栖湖)=山梨、静岡両県
(2) 富士山本宮浅間大社=静岡県
(3) 山宮浅間神社=静岡県
(4) 村山浅間神社=静岡県
(5) 須山浅間神社=静岡県
(6) 冨士浅間神社=静岡県
(7) 河口浅間神社=山梨県
(8) 冨士御室浅間神社=山梨県
(9) 旧外川家住宅=山梨県
(10) 小佐野家住宅=山梨県
(11) 山中湖=山梨県
(12) 河口湖=山梨県
(13) 忍野八海・出口池=山梨県
(14) 忍野八海・お釜池=山梨県
(15) 忍野八海・底抜池=山梨県
(16) 忍野八海・銚子池=山梨県
(17) 忍野八海・湧池=山梨県
(18) 忍野八海・濁池=山梨県
(19) 忍野八海・鏡池=山梨県
(20) 忍野八海・菖蒲池=山梨県
(21) 船津胎内樹型=山梨県
(22) 吉田胎内樹型=山梨県
(23) 人穴富士講遺跡=静岡県
(24) 白糸の滝=静岡県
(25) 三保松原=静岡県

 

【推薦書原案(抜粋)】

 推薦書原案では三つの評価基準を用いながら富士山の価値を証明している。

【評価基準3】ある文化的伝統の存在を伝承する物証として希有な存在。

 富士山に対する文化的伝統は、独立成層火山の荘厳な形姿を持ち、時に活発な火山活動をも見せる山頂・山域への遙拝を通じて山の神仏を畏怖するとともに、山頂への登拝及び山域・山麓の霊地への巡礼を通じて山の神仏が持つ霊力の獲得をも意図する独特の性質を持つ。

 特に18~19世紀前半には多くの庶民の間で富士山に対する遙拝・登拝・巡礼の行為が広まった。その過程で神仏の霊力の獲得と擬死再生を求める富士山信仰の思想及び儀礼・宗教活動が確立。富士山の文化的伝統の本質は、時代を超えて今日の富士登山の形式・精神にも確実に伝承されている。

 また富士山に対する畏怖の念は、火山が生んだ自然との共生を重視する伝統とともに、荘厳な形姿を持つ富士山を敬愛し、山麓の湧水などの恵みに感謝する伝統も生み、富士山を描いた数多くの優秀な芸術作品を生み出す母胎ともなった。富士山はそのような山に対する生きた文化的伝統の類い希なる証拠であることを明示している。

【評価基準4】歴史上の重要な段階を物語る景観を代表する顕著な見本

 18~19世紀前半に最盛期を迎えた登拝及び巡礼の流行は、山頂と山麓の神社とを結ぶ登山道、その沿道及び山麓の霊場などから成る富士山信仰の体系を完成させた。さらにそのような信仰の体系は、民衆を登拝・巡礼へと誘導するために作成された数多くの参詣図に描かれ、神聖なる「名山」としての富士山の景観の類型を確立させた。

 富士山に対する展望は、富士山の荘厳な形姿を図像化しようとする18~19世紀の芸術活動の源泉となり、顕著な普遍的意義を持つ作品群などを通じて日本及び日本文化を象徴する「名山」としての富士山の景観の類型を定着させた。

 富士山は近代以前の山に対する信仰活動及び山に対する展望に基づく芸術活動を通じて、多くの人々に日本の神聖で荘厳な山の景観の顕著な類型として認識されるようになり、その結果、「名山」としての世界的な地位を確立した。

【評価基準6】顕著な普遍的意義を有する芸術作品と直接または実質的な関連がある。

 富士山は日本の最高峰であるとともに、荘厳な円すい形を成す独立成層火山の形姿ゆえに、日本固有の詩歌・物語文学に描かれるなど、古くからさまざまな芸術活動の母胎となってきた。特に19世紀前半の葛飾北斎や歌川広重の浮世絵に描かれた富士山の図像は、近・現代の西洋美術のモチーフとして多用され、欧州における数多の芸術作品に多大なる影響を与えたのみならず、日本及び日本の文化を象徴する記号として広く海外に定着したことから、顕著な普遍的意義を持つ。

(2011年7月23日付 山梨日日新聞掲載)
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