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2021.12.02 所属カテゴリ: ぐんないスポット探訪 / 富士河口湖町 /

川窪寺屋敷跡「六角堂」

浮島の史跡シンボル

 河口湖は全国各地から多くの人が訪れる人気観光スポット。その河口湖に架かる河口湖大橋を渡るときに、湖に浮かぶように立つ小さなお堂を見ることができる。河口湖町(現・富士河口湖町)が1995年に、湖の沖合にある浮島に建てた「六角堂」。富士山の噴火により流れ込んだ溶岩の末端に形成された小さな島にあるため、湖に浮いたように見える。

 町生涯学習課によると、浮島は「川窪寺屋敷」と呼ばれ、歴史は約750年前にさかのぼる。日蓮宗を開いた日蓮聖人が1269年に国が安らかであるよう祈念するため、富士山に登り、山の中腹で「法華経」を唱えた。その後、日蓮聖人は現在の同町小立地区で、村人に説法をした。

 日蓮聖人は村人から集めた28枚の紙をつなげて「大曼荼羅」をしたため、村の信徒である妙法、妙吉、日長の3人が1274年、大曼荼羅を収める場所として現在の六角堂がある「川窪」にお堂を建てたという。実は、お堂があった場所はもともと湖の中ではなかったという。1559年12月、大雨により富士山に積もった雪と土砂が一緒に流れ出すスラッシュ雪崩(雪代)が発生し、河口湖まで到達。雪代が入り込んだことで湖の水があふれて寺屋敷は水没。寺屋敷は翌年、現在の小立地区にある妙法寺の場所に移築された。

 浮島には、当時の建物の土台や、題目(「南無妙法蓮華経」の文字)が書かれた石などが残されていることが分かったため、町は1990年に町の史跡に指定。史跡保存のための「大事な場所」であることを示す建物として、寺屋敷跡に六角堂(正式には川窪寺屋敷跡「六角堂」)が建立された。木造平屋で、高さ約7メートル、延べ床面積は約11平方メートル。六角堂は「湖に浮かぶお堂」をイメージしたというが、存在していた寺屋敷の形ではないという。

 浮島付近は浅瀬で、過去には河口湖が減水した時に、湖畔から徒歩で渡ることもできた。八木崎公園内の湖畔には展望台があり、眺めることができる。

 ■所在地 山梨県南都留郡富士河口湖町小立1070

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