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2020.7.15 所属カテゴリ: ふじさんクエスト / 文化・芸術 /

三浦環と富士

 晩年を山梨県の山中湖畔で過ごし、日本人として初めて国際的な名声を得たオペラ歌手三浦環(1884年2月22日-1946年5月26日)。

 1904年、東京音楽学校卒業、帝国劇場専属としてオペラ界に進出。1928年以来しばしば欧米に渡ってその名を知られ、ロンドンでの初演以来、世界各国でオペラ「蝶々夫人」の主役を演じるなど活躍した。後に三浦歌劇団をつくった。1932年6月15日、甲府・県議会議事堂で感銘深い独奏会を開催。

 1944年、太平洋戦争の激化に伴い、山梨県山中湖村に所有していた別荘に疎開。湖畔で発声練習をしたり、子どもたちに歌や踊りを教えるなど、地元の人たちとも交流があったという。没後は「富士山の見える湖岸で母と眠りたい」という遺言により、同村平野にある寿徳寺に埋葬された。

 墓碑には「うたひめは つよき愛国心を持たされば 真の芸術家とはなり得まし」という自筆の詩が刻まれている。

 村では1988年に環の墓の前に、その業績と村とのかかわりを記した英文併記の碑を建立、側面は音符をデザイン。 また、山中湖文学の森公園内にも歌碑がある。

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