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パネルディスカッション

パネリスト

モニカ・ルエンゴさん (イコモス文化的景観国際委員会委員長)
ナンシー・ポロックさん (同委員会委員)
ジュリエット・ラムゼーさん (同委員会委員)
ノーラ・ミッチェルさん (同委員会委員)
後藤太栄さん (和歌山県高野町長)

コーディネーター

西村幸夫さん (富士山世界文化遺産2県学術委員会委員)

 

国際的な視点で分析を ルエンゴさん

 モニカ・ルエンゴ イコモスには、建築家、法律家、保全などの専門家が集まっている。文化的景観にはそれだけ多くの自然要素、地質、芸術、歴史がかかわってくるということで、国際的な豊かな視点でアプローチすることが求められている。特に、富士山のように広大で複雑な資産の場合は、世界遺産に推薦するのは非常に長いプロセスが必要になってくるだろう。
 保存管理計画は、文化的景観のすべての側面を分析する必要がある。また、日本人という観点からだけでなく、「海外から見たらどうか」という分析も必要だ。
 富士山が世界遺産に登録されるというのは、これまでの取り組みに対するご褒美ではなくて、みなさんに富士山を保全するという一つの義務を課すことだ。そしてみなさんは自分たちのためではなく、人類のために保全の義務を引き受けるということ。登録が重要ではない。

保護へ統括組織が重要 ミッチェルさん

 ノーラ・ミッチェル 多くの外国人は海外に渡った芸術作品などから、既に心の中で富士山のイメージを持っている。それでも実物をこの目で見たときのすばらしさは大きい。国境を超えて多くの人に伝えることができる多様な文化的価値を有している。強いパワーも感じ、多くの芸術家にとって創造の原点となったことも理解できるし、文化創造の源泉として富士山が存在したことも分かった。
 一方で、富士山は圧倒されるような規模で、守るためには複数の省庁、機関、団体がかかわってくる。これらが協力していくことが大事で、すべてを統括するような委員会組織を持つことが重要。
 富士山の物語性を共有するためには観光産業も必要だが、持続可能な観光産業でなければならない。自分たちの大切な場所を維持し、訪れる旅行者と分かち合うようにしていくこと。時には制限が生じるかもしれないが、特別な場所を守るきっかけなんだと、理解してほしい。

周辺環境を含めて保全 ポロックさん

 ナンシー・ポロック 保存管理計画をある程度の権限をもって管理していく上位の団体が求められる。これだけ広大で、複雑な資源の富士山を見たときに、山梨、静岡両県の協力も必要だと感じた。景観的、政治的な境界線で区切るのではなく、文化、自然のシステムによって定義すべきで、これらを総合的に管理できる組織が必要だ。
 富士山を保護する上で、いろいろな行政の施策が、異なるレベルであることも理解している。ここで重要なのは地元、地域社会の基盤だ。世界遺産登録を実現するためには一定の合意を地域社会に創造する必要がある。合意を得るためにはコミュニティーの場での意見交換や教育、または、法体制を整えて行うやり方が考えられる。しかし、その中で単に富士山を対象物ととらえるのではなく、周辺の環境、保護に至るまでの過程を忘れず、景観という視点を持ち続けてほしい。

地域住民が物語伝えて ラムゼーさん

 ジュリエット・ラムゼー 富士山は神の手によって刻み込まれたような美しさを持っている。とても女性的で、白い衣装をまとっていて、機嫌の良いときには服を脱いで姿を見せてくれるが、また隠れてしまう。訪れた人に物語を与えてくれるようだ。
 大きな景観を評価するときには、まずテーマを見つけること。歩んできた歴史や気候、植生などすべてに文化的景観が出てくる。それらが、その土地が持っているストーリー性にどのように影響を与えているか。そこから価値観を生み出していって、どのように管理するのかの手法を見いだしていくものだ。
 ストーリーを管理する上で、地域の住民の参加が重要になり、そのための住民の教育も必要。富士山の正しいストーリーが訪問者にしっかりと伝えられるようにガイドの訓練も求められる。

社会システムの機能を 後藤さん

 後藤太栄 富士山は山梨県の人のものではない。日本人みんなのもの。世界中の子どもに山の絵を描かせると、ピーク(頂上)のある山を描くが、日本の子どもはほとんどが、ピークを持たないすその広い富士山のような絵を描く。日本人の精神構造、社会性、自然観を構築してきた中に富士というものがかなり影響してきたのだと思う。
 岐阜県・白川郷のかやぶきのふき替え費用はだれが出しているか。文化庁や村ではない。昔から残る結という風習がすべてをマネジメントしている。普遍的な価値というのは社会的システムが機能していなければ絶対に残らない。
 高野町は小さなコアゾーンが集まった所なのでできたのだが、2年前に景観行政団体という形で管理を行うようになった。自ら法律をつくることができて、あらゆる規制を設けている。富士山の場合は広大で合意形成は非常に難しいかもしれないが、こうした覚悟が必要ではないだろうか。

Monica Luengo(モニカ・ルエンゴ)さん 美術史家、景観設計家。イコモス文化的景観国際委員会委員長。文化省、国立遺産局のもと、王立マドリード植物園、アランフェスなどの歴史的庭園や文化的景観の修復、記録を手掛ける。文化的景観、歴史的都市景観、スペインの歴史的庭園に関する著書も多数。


Nora J・Mitchell(ノーラ・ミッチェル)さん バーモント大ルーベンスタイン環境自然資源学部客員准教授。ユネスコ世界遺産センター、イコモス、国際自然保護連合と連携し、文化的景観の評価、理解、管理に貢献。モンタナ大で生態学修士号を取得したほか、タフツ大で環境計画・政策修士号を取得している。

後藤 太栄(ごとう・たいえい)さん 和歌山県高野町長、宗教法人大乗院住職。1957年、同県生まれ。高野山大文学部密教学科卒業。95年に高野山世界遺産登録委員会委員長に就任、「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界文化遺産登録に尽力した。同町議会議長を経て、2004年9月から現職。

(2009年9月25日付 山梨日日新聞掲載)
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