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世界文化遺産登録実現へパネル討論

悩んだ時に大きな力に 村松 友視さん

誰もが知る絶対的な山 岸本加世子さん

「芸術」と「信仰」に着目 稲葉 信子さん

 富士山世界文化遺産フォーラムでは、パネルディスカッションが行われ、作家の村松友視さん、女優の岸本加世子さん、静岡県学術委員会委員で筑波大大学院教授の稲葉信子さんが世界文化遺産登録実現への思いを語りました。コーディネーターは経済エッセイストの秋岡栄子さんが務めた。

 秋岡 皆さんの富士山にまつわる思い出を教えてほしい。

 村松 昔から富士山に、うそと本当というキーワードを感じる。大学時代、東京の銭湯に富士山と羽衣の松と天女が描いてあった。僕はこれは宝永山のこぶがない偽の富士山だと最近までさんざん話したり書いたりしてきた。ある日気付いた。宝永山は江戸時代にできた。天女が舞っているころは無いわけ。銭湯が本当で、僕がずっと信じていた富士山がうそだった。昔は休火山と習ったのに、最近は活火山という。活火山は怖いけど、不思議な魔力を感じてさらにひかれる。

 岸本 私の原点は清水の次郎長とお茶と富士山。20年前に亡くなった母が富士山が好きだったので、すそ野のきれいに見えるお墓に入れた。おかあちゃん喜んでるだろうな、すごい親孝行をした気がした。子供のころ富士山はあることが当たり前で、何とも思っていなかった。でも、この年になるとすごくひかれる。

 稲葉 私の仕事は、富士山を世界遺産にするためにどう世界の人に宣伝や説明をしていくかを考えること。海外のお客さんが新幹線に乗る時、「どっちに座ったらいい」と聞いてくる。もう最初から富士山を見るつもりでいる。それぐらい富士山は世界に知られている。だが、世界遺産にするには、日本人にとっての心のふるさとというだけでは足りない。そこを何とかしようと考えている。

 秋岡 岸本さん、質問をどうぞ。

 岸本 世界遺産になっていないと聞いた時の衝撃の方が大きい。世界遺産に認定しますという試験があり、毎年、落ちているのか。

 稲葉 ユネスコの世界遺産委員会が毎年ある。これから遺産登録の申請書を出し、試験を受けようとしている。

 村松 静岡県人は富士山を借景くらいに思っていて、ほかの土地の人が「富士山きれい」というと「俺はいつも見てるだよ」と突き放した言い方をする。余裕の中に誇りと自信とかすかな信仰心。富士山は富士山で、大絶賛しない、したたかさがある。富士山は40万年前からあるのに、今、試験を受けてチャンピオンベルトをもらう存在なのか、というね。

 秋岡 「ふるさと富士」がたくさんある富士山は、特別ですね。

 岸本 私は正直言って、優越感がある。本当の富士山の下で育ったというね。ロケで、世界遺産の屋久島に行った。もちろん、千年の縄文杉は素晴らしいが、なぜ富士山は世界遺産にはならないのか。

 稲葉 日本の中で有名なだけでは申請書を書けない。

 村松 富士山の価値は探った方がいい。漠然と眺めているのではもったいない。清水江尻の囚人が10年間、富士開墾の過酷労働に耐えられたのは毎日、富士山を見ていたからではないか。富士山は人間が悩んだ時に大きい力を与えてくれる。富士山は問い掛ければ、必ず答えてくれる気がする。

 秋岡 富士山とはさまざまな付き合い方がある。

 村松 富士山は一般的な秩序や多数決の結晶体。その反対側に大噴火で過酷な目に遭うかかわりがあってもすごいものだと表現される。小説では武田泰淳は「富士」で富士のすそ野の精神病院の話を、国枝史郎は江戸時代に富士五湖の湖の下に整形外科が住んでいた話を書いた。マイナスではなく、富士山の持つエネルギーや人への影響の与え方を描いている。

 岸本 先輩の俳優さんたちは「富士が青い」「富士が雪をかぶりました」という4項目ぐらいの単純なせりふを言い、聞いている人に富士の景色が伝わればその俳優は表現力があると訓練された。4行ぐらいのせりふですが、やってみると難しい。富士山は誰でもイメージできるぐらい誰でも知っていて、だれもが富士山が浮かぶし、絶対的なものということ。

富士山の世界文化遺産登録に向けて意見を交わしたパネルディスカッション

 稲葉 世界遺産は文化と自然を考えるモデルのリストとしての意味を持つ。富士山は絵や歌に表現するだけの価値があり、これから地球と付き合う上でどういう知恵が生まれるのかという象徴にしたいと考えている。富士山とどう付き合ってきたかを「芸術」と「信仰」という二つのキーワードで申請書を作ろうとしている。

(2010年3月4日付 山梨日日新聞掲載)
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