1つ前のページに戻る

2022.4.11 所属カテゴリ: ふじさんクエスト / 登山 /

富士登山の拠点・御師の家

 かつて富士講信者が登山時に宿泊したのが「御師の家」。今も交流拠点に活用される施設もあり、富士登山の出発点、帰着点として人々が結び付く場となっている。

 古文書などによると、室町時代には既に存在したとされ、主に関東地域の人たちを受け入れていたという。江戸・明治時代には山梨県富士吉田市上吉田地区に約90軒が軒を連ねていた。富士講の減少に伴い減ったものの、今も富士講信者を受け入れている。かつての御師の家を活用した取り組みも進んでおり、ここから富士山を目指して戻ってくる「起結」点として、全国から訪れる人々をつなぐ場であり続けている。

 ふじさんミュージアムによると、御師の家は富士講信者の宿坊。御師は宿泊や食事、山小屋の手配などを行う。神職の資格も持ち、祈祷なども行ってきた。

 富士講は富士山を信仰する仲間たちでつくるグループで、江戸時代の最盛期には関東地方に9000ほどあったとされる。旅の費用を協力して積み立て、リーダーの先達やくじに当たった代表者などが富士山に登った。

 ひとたび宿泊する御師の家を決めると、その後も継続して世話になることが多く、現在も富士講信者を受け入れている御師の家「筒屋」には、神奈川県横須賀市の富士講「丸伊講」が50年ほど前から訪れている。

 東京や埼玉など関東近県からの富士講も受け入れており、「筒屋」入り口には富士講信者が奉納した旗「マネキ」が数多く飾ってある。一方で、最近は5合目まで歩く一般の登山客が宿泊するケースも増えているという。

 御師「旧外川家住宅」はふじさんミュージアムの付属施設として一般に公開している。スタッフが御師の家の歴史や富士講信者の服装などについて説明している。

広告