1つ前のページに戻る

2023.6.12 所属カテゴリ: 山日紙面で見る富士山 / 6月 /

昭和初期の富士登山克明に

「強力」利用料心得掲載 案内資料、富士吉田で発見

 昭和初期に富士山の登山者に配っていた登山案内が富士吉田市内で見つかった。富士山有料道路(富士スバルライン)開通前のふもとからの登山方法、荷物を運ぶ「強力」の利用料金など、当時の富士登山の様子が詳しく分かる貴重な資料。寄贈を受けた富士山吉田口旅館組合の井上洋一組合長は「富士登山の文化を後世に伝えていくため、大切に活用したい」と話している。

 見つかったのは1929年(昭和4年)と1933年(昭和8年)に、当時の山小屋経営者らが組織した「富士山北口合同組合」などが発行した資料3点。同市上吉田の住民が自宅に保管していた資料を「有効に使ってほしい」と井上組合長に寄贈した。

 1929年版は縦17センチ、横50センチの活版印刷。富士登山の案内や心得、山小屋の宿泊料金、金剛づえや草履、ぶどう酒、ビール、サイダーの価格、写真撮影代などを細かく示している。

 登山案内からは、北口本宮冨士浅間神社の裏に乗用車や馬が待機し、車は1合目手前の馬返し、馬は5合目までを往復して登山者を運んでいたことが分かる。また5合目などに各地の山から移植した県営の高山植物園があったことも確認できる。

 「強力」は1組の定員が5人までで、吉田口登山道を利用する場合は4円が定価。また当時は8合目に郵便局があり、登山者がふもとから8合目に荷物を発送できることを伝える文面もある。 【当時の紙面から】

(2010年6月12日付 山梨日日新聞掲載)
広告