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2019.7.10 所属カテゴリ: ぐんないスポット探訪 / 富士吉田市 /

山口染物店(富士吉田市)

藍染めの歴史を伝える

藍染めのかめ

江戸期から伝わる藍染めのかめ。1つ1つのふたも残る=富士吉田市上吉田

 富士吉田市上吉田1丁目の山口染物店には江戸期から伝わる藍(あい)染めの道具類や資料一式が残されている。藍がめ41個をはじめ、藍玉3俵や型紙638枚、掛け軸2幅、看板2枚、染め物組合問屋の印1個、関係古文書1冊と貴重な資料がそろい、公開はしていないが母屋奥の別棟で大切に保存されている。中でも藍がめは、直径約0.6メートル、深さ約1メートルと大きい。ふたも残っていて、大事に受け継がれてきたことが分かる。

 山口家の藍染めの歴史は、1822(文政5)年、初代嘉吉にさかのぼる。江戸中期の木綿織物の普及に伴い、藍染めが広く発達し、専門の紺屋が生まれるようになったころだ。山口家も糸染めを中心に隆盛を誇り、2代佐重郎のころには「土地の購入を勧める人がひっきりなしに訪ねてくるほど、もうかっていたと伝え聞きます」と5代目にあたる故嘉一さんの妻元子さんは言う。

 明治以降、化学染料が使われ始めたことで、紺屋は徐々に衰退。山口家も4代光太郎の代で藍染めに区切りをつけた。残された多くの道具類はこうした藍染めの盛衰を物語っている。

 工場を神聖視してきた職人たち。今でも山口家では毎年1月2日の仕事始めに紺屋の神様の代わりの人形と「愛染明王」の軸をまつり、日々の仕事に感謝している。

 ■所在地 山梨県富士吉田市上吉田1

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