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2002.6.21 所属カテゴリ: ふじさんクエスト / 文化・芸術 /

古式ゆかしい武田流流鏑馬神事

 砂煙を上げて疾走する馬上から、武者姿の射手がかぶら矢を放つ。次の瞬間、土器でできた三寸的は砕け散り、中に入っていた五色紙が吹雪のように舞い落ちる。

 4月下旬。富士北麓の遅い春も盛りを迎えるころ、河口湖畔の冨士御室浅間神社(山梨県富士河口湖町)に隣接するシッコゴ公園は、戦国武士の勇壮さを再現する「甲斐の勝山やぶさめ祭り」でにぎわう。祭りのメーンは古式ゆかしい武田流流鏑馬(やぶさめ)神事。日清戦争などで1897年を最後に中断していたが、先人の遺徳をしのぶため1980年、84年ぶりに復活し、今では北麓の春の代表的な祭りとして定着している。

 流鏑馬祭りの起源は、言い伝えによると、平安時代の「後三年の役」(1083-1087年)にまでさかのぼる。

 「源義家は奥州の地で清原軍に苦戦を強いられていた。弟で甲斐源氏の祖、新羅三郎義光は兄に加勢するため京の都から出征。途中、祖父のゆかりの地である甲斐の国に立ち寄り、兵や馬を集めて富士御室浅間神社で戦勝を祈願した。兄弟が協力して清原軍を鎮定し、富士御室浅間神社で戦勝祝いを行ったのが始まり」(富士河口湖町)と伝えられる。

 富士山2合目にある富士御室浅間神社の本宮がその場所に当たる。流鏑馬祭りが行われる神社は、その里宮となる。

 流鏑馬神事は神社での出陣式から始まり、「かぶら矢奉献の儀」などの儀式を経て騎射に至る。格式を重んじて、騎射は武田流流鏑馬を受け継ぐ大日本弓馬会(神奈川県鎌倉市)の射手が受け持つ。

 馬場の両側には見物客が早くから陣取り、その時を待つ。勇ましく駆け抜ける馬に息をのみ、大きな歓声と拍手で矢を命中させた射手をたたえる。

 勇ましい騎射シーンとともに、祭りを演出しているのが流鏑馬太鼓。流鏑馬が始まる前に太鼓組曲を演奏し、祭りを盛り上げる。甲斐の勝山富士山流鏑馬太鼓保存会が1980年から毎年演奏してきたが、2012年に活動休止。2018年に地元の勝山中学校太鼓部が復活させた。
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