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遅れがちな降灰対策


風向き次第で被害大

 「首都圏のような近代都市が火山灰災害に見舞われたことはない。経験のない災害なので対処法をいろいろ考えることが必要だ」。昨年9月、東京都内で開かれた首都圏の火山灰対策について検討するワーキンググループの初会合。グループの主査を務める藤井敏嗣・山梨県富士山科学研究所所長は、委員たちに対策の必要性を訴えた。

噴出量は桁違い

 グループは、富士山の宝永噴火(1707年)をベースに、東京など首都圏の被害状況をシミュレーションし、対策を検討している。来年度中に方向性をとりまとめる方針だ。

 宝永噴火では、噴煙は高さ1万メートル以上まで上がり、16日間にわたって降灰が続いた。火山灰は偏西風に乗って房総半島まで達したとされる。噴出量は17億立方メートルとされ、2011年の霧島山・新燃岳(鹿児島・宮崎県)噴火時の2900万立方メートルの約60倍。東日本大震災では大量のがれきや汚染土などが発生したが、その時の災害廃棄物4600万立方メートルと比べても桁違いの量だ。

 では、山梨県内に降る火山灰はどの程度なのか。山梨、静岡、神奈川の3県が策定した富士山火山広域避難計画では、宝永噴火の被害をベースに降灰の量を予想。県内で最も積もるとみられているのは山中湖村の一部。「30センチ以上」積もる可能性があり、建物が倒壊する恐れもある。富士吉田や忍野、山中湖、鳴沢、都留、道志、上野原の7市町村は「2センチ未満」とみられていて、富士北麓地域の大半は影響想定範囲外とされている。

 ただ、計画では「噴出量や風向きにより大きく左右されるため、個々のケースを想定するのは困難」とも指摘。県防災危機管理課は「風向きによっては、県内でさらに大きい被害が出る可能性もある」としている。

大規模な停電も

 火山灰が降り積もった時、どんな被害が想定されるのか。内閣府は(1)交通(2)ライフライン(3)建物・設備(4)農林水産(5)健康-の5分野を挙げ、多方面で被害が出るとしている。交通では5センチ程度積もると、タイヤが空転し、車の走行が難しくなると指摘。降雨時には堆積量が5ミリ程度でも車両が動かなくなる可能性があるという。自動車だけでなく、鉄道の運休や空港の閉鎖も考えられる。

 深刻なのは電力だ。1センチ前後の降灰でも、発電施設に不具合が生じ、大規模な停電が発生する可能性も。灰が混入することによって水道の水質が悪化して使用できなくなるほか、過去の噴火では携帯電話が故障した事例もあり、ライフラインは機能不全に陥る恐れがある。

 人体への影響も大きい。火山灰を吸い込んだ際に目や鼻、気管支などに異常を来したり、心理的ストレスも健康状態に影響を及ぼすとみられている。灰に含まれるガラス片で目を傷つける恐れがあるため、コンタクトレンズの使用は避けた方がいいという。農作物は3~6センチ程度で収穫が困難になり、枝木が枯死する可能性も指摘されている。

 富士山噴火については、溶岩流を想定した避難計画の策定などが進んでいる一方で、降灰対策は遅れがちともいわれる。藤井所長も火口が山梨側で開いた場合、県内でも大量の火山灰が降り積もる可能性があるとの認識を示した上で注意を促す。「溶岩流だけを心配するのではなく、火山灰の影響も含めた対策を考えることが大切だ」


 【「守る命」富士山噴火に備える】
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