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「風評被害」に箱根は


■客観的な事実のみ発信

 箱根山(神奈川県)の大涌谷周辺の噴火警戒レベルが3(入山規制)に引き上げられた6月30日、箱根町観光協会では、職員が観光客に注意を促す文書の翻訳作業に追われていた。英語版はその日のうちに完成、中国語と韓国語にも対応した。「箱根は国際的な観光地。外国の方も含めた観光客にどう情報を届けるかは、最重要課題の一つだ」と譲原清彦事務局長(62)は言う。

 箱根には昨年、過去10年で最多の2119万人が訪れた。宿泊客460万人のうち、外国人客は22万人に上る。例年ならば、アジサイを目当てにした観光客で混雑する時季だが、今年は火山活動が活発になった5月以降、火口から離れた場所でも客足はまばらだという。

 【写真】多国語に対応した箱根ロープウェイ運休のお知らせ。地元の観光業者らは情報発信の方法に心を砕いている=神奈川県箱根町

◎ネットに批判

 富士山でも火山活動が活発になれば、富士五湖周辺の宿泊地や夏山シーズンの5合目も閑散となる可能性がある。譲原事務局長は「今回の噴火では、災害情報について観光客とコミュニケーションを取ることの難しさに直面している」と課題を口にする。

 5月6日に噴火警戒レベルが1(平常=現在は「活火山であることに留意」)から2(火口周辺規制)に引き上げられ、宿泊のキャンセルが相次いだ際、地元の旅館業者からは「風評被害だ」との声が上がった。避難指示が出たのは火口の大涌谷から半径300メートルの範囲。大涌谷から箱根の玄関口である箱根湯本駅までは8キロ近くあり、「箱根は危険」とひとくくりにされることに強い抵抗があった。

 これに対し、インターネット上では「実際に噴火しているのに風評被害と言えるのか」「安心、安全の根拠が分からない」と批判が噴出。旅館や観光協会にはクレームの電話も寄せられた。反応を受け、観光協会は「箱根は安心」と呼び掛けるのではなく、客観的な情報発信へと対応を転換。会員である380の観光業者のほか、旅行会社の担当者を招いた勉強会を開き、神奈川県温泉地学研究所の研究員から箱根山の過去の火山活動や今後の見通しを学んだ。

 「風評被害」という言葉もなるべく使わないようにした。「地元の観光業者がいくら安全と言っても、説得力がないばかりか安全軽視と捉えられかねない。事実を迅速に伝え、判断はお客さんに委ねるしかない」(同協会)

◎終息後を視野

 町も観光客の安全確保に力を注ぐ。昨年9月に警戒レベル1のまま突然噴火した御嶽山(長野、岐阜県)の災害を教訓に、今年3月に大涌谷周辺の観光客を対象にした緊急マニュアルを策定。放送設備を使った避難の呼び掛けや一次避難先である駅や観光施設での対応をまとめ、4月28日には情報伝達訓練もした。警戒レベルの引き上げは、訓練からわずか1週間後だった。

 町はレベル2に上がった時点で、レベル3の規制区域に該当する居住者46人から携帯電話番号などを聞き取って避難に備えた。「被害を最小限に抑えることが、観光地のイメージダウンを防ぐことにもつながる」(町担当者)と火山活動の終息後を見据える。

 「箱根は温泉をはじめ箱根山の恩恵にあずかり、世界に知られる観光地としての地位を確立してきた」と譲原事務局長は語る。箱根と同様に国際的な観光地であり、現役の火山である富士山。地元が自然災害にどう向き合うのか、「世界」が見ている。


 【富士山防災 噴火に備える】
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